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1990年のローラ(エスポ・ラルース)に何が起こったのですか?
F1 DataWebでは(コンストラクタ名の)「ローラ」で表記していますが、1990年このチームはJ.ラルース・伊東和夫が共同オーナーで「エスポ・ラルース」というチーム名でした。「ローラ」はこのチーム用にシャーシを作っていた会社です。チームはFISAへの申請書に「車体製造エスポ・ラルース」と表記して1990年シーズンに参戦しました。

シーズン終了後(正確には翌1991年シーズン開幕の約1か月前)、エスポ・ラルースは申請書の不備を理由として1990年に獲得したコンストラクターポイント(11ポイント、10位)をすべて剥奪されてしまいます。「シャーシを作っているのはローラであるのに、エスポ・ラルース製として申請していた」というのがその理由です。これによりチームは1991年シーズンでFOCAのチャーター便を使う権利(*)を失ってしまうばかりか予備予選からの出走になってしまいました。(後にチャーター便の使用、予備予選免除とも認められました)

申請書の内容は確かにレギュレーション違反ではありますが、以前からローラがシャーシを製造していたのは周知の事実であった上、1990年シーズン前に申請が問題なく受理されていること、全戦が終了して順位も確定した後でいきなり失格になったこと、などからFISAの裁定には何らかの意図があったのではないかと疑われています。そこで浮かんでくるのが10位に繰り上がりFOCA便の使用権を獲得したリジェの存在です。リジェのオーナーG.リジェは当時のフランス大統領ミッテラン(左派)の友人であるのに対し、J.ラルースは政治的には右派を応援していたという背景があったようです。チームやオーナーのJ.ラルース、フランス人ドライバーのE.ベルナールに税務調査が入るなど、国ぐるみでリジェに便宜を図ろうとする中でフランス人のFISA会長J.M.バレストルが動いたという可能性もあります。しかし、当然ながら真相は藪の中です。

(*)前年のコンストラクターポイント10位以内のチームはFOCAのチャーター便によりF1シャーシを輸送費無料でサーキットまで運んでもらえた。輸送費は200万ドルとも言われている
(2004-10-23)

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